あなたの貴重なお時間訪問くださりありがとうございます。

苫米地式コーチング認定コーチ
左近士 祐子です。

「お父さん、ありがとう」
「お母さん、ありがとう」

親に感謝を伝えることは
とてもステキなことだなぁと思うのですが

「両親に感謝をしなさい」
「お父さんに感謝をしなさい」
「お母さんに感謝をしなさい」

と半ば強制的に子供に教えても
「だれに感謝をすればいいの?」と
理解できない子供もいるのです。

ーーーーー

それは
子供の育つ家庭環境は
どの家庭も同じだとは限らないからです。

たとえば
母子(父子)家庭の子供。

産まれてすぐに両親が離婚をし
父親(母親)という存在が

「ない」ということになんら疑問も持たずに

母親(父親)と二人で生活をしているのが
当たり前であり
これが家庭だと思っている子供にとって

父親(母親)という存在が
そもそも「ない」ところに
「ある」んだと言われても

「ふーん、そうなんだ」

という程度で

「会いたい!!」と必ずしも思うわけでもない。

父親(母親)の存在がないことで
なんら大きな問題もなく成長していたら
なおさらのこと。

物心つく前に
離れて成長したことで
父親(母親)という存在によって

得られたであろう
楽しさを味わったこともなければ
嫌な思いも味わったことがないからです。

ーーーーー

つまり
父親(母親)という言葉の存在に
思い(感情)を通じた実体を感じられず

子供にとっては
「会ったこともない知らない人」
という感覚であり

父親(母親)がどういうものなのか
父親(母親)という言葉の定義だけでは

子供の意識には
それが「どういう存在なのか」ということを
理解しにくいのです。

父親(母親)といえる存在と
関わり合うことで記憶されるであろう体験と
その体験から感情を味わった感覚がないので

学校教育や周りの人から

お父さん、お母さんは大切なのよ。
お父さん、お母さんがいるからあなたがいるのよ。

だから
お父さん、お母さんに感謝をするのよ。
みんな言ってるでしょ。

と定義上で説明をされたとしても

父親(母親)という言葉に
子供の感情はほとんど動くこともなく
存在としての意味を持ち解釈をするのは難しい。

見たことも、触ったことも
味わったこともない。

父親(母親)という言葉の定義だけを
あれこれ説明をされても子供にはイメージしにくいのです。

「好き」も「嫌い」も判断しようが「ない」状態。

ーーーーー

だからといって
「感謝」を全く感じられない子供という訳ではないです。

近所のおじちゃん、おばちゃんには
いなくなったことで「悲しい」と感じるし
いてくれたことで「嬉しい」と感じるし

「ありがとう」と感謝を伝えることもする。

子供は
おじちゃん、おばちゃんの定義を知らなくても

おじちゃん、おばちゃんから
遊びを通じて触れ合い
そこから感情を味わい

その存在があること
その存在がなくなることに
実体感を得ていたからです。

つまり
子供は「定義上」の存在をどんなに
「大切なんだよ」と説明をされても

体験を通じて味わった感情のない存在へ
大切なんだという重要性を持てなかったのです。

ーーーーー

では、このような子供は

「父親(母親)へ「感謝」はあるのか?ないのか?」

ということですが・・・。

かなり長い文章になってしまったので
続きは後ほど書きますね^^

NewImage31

最後まで読んでいただきありがとうございます。

心から感謝を込めて。
左近士 祐子

==========
自分の能力を高めたい、人生をもっと楽しみたい、素晴らしい世界を創りたいなど
あなたのポテンシャルを引き出し、あらゆる問題に対応し解消する、
マインドのよりよい使い方をブログでは公開できない深い内容を
メルマガで配信中です。
↓↓↓
登録はこちらから